プロフィール


名前 【愛夢OK(あいむOK)】
年齢 【黄忠より年下】
勢力 【ずっと劉備軍】
ギルド『まったり村』村長です。
宝物 【奥さん(愛美奥参)】
奥さんと一緒に、のんびり、無双 Onlineを楽しんでいます

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三国志の職人武将

今日は、三国志の武将についてのお話です。

三国志には、さまざまなタイプの武将がいます。
個人的に、私が好きなのは。
「身分や出世にこだわらないで、着実に任務をこなす職人タイプの武将」です。

私の勝手な認識では。


◆魏は、「山田~!」の張遼文遠。

真・三國無双2か4で、張遼が「邪魔だ~!」と言うのが、「山田~!」に聞こえます。
とても、優れた武将で、三国志演義では、張遼の名を聞けば、泣く子も黙るとさえ言われた猛将ですが、どうしても、「山田~!」になってしまいます。
(笑)

無双武将のなかでも、渋くて格好いいな~と思う武将です。


◆呉は、「十二傷」の周泰幼平。

孫権の守り神とも言うべき武将ですね。

孫権が山越に襲撃された時に、周泰は、全身に十二の傷を負いながら、身をていして孫権を守り抜いたそうです。

後に、徐盛や朱然が、周泰の指揮下に入る事を拒んだ時に、孫権は、酒宴で周泰の服を脱がせ、体に刻まれた傷の由来を語らせ、「私が生きているのは君のおかげだ」と涙したそうです。
そして、徐盛や朱然は周泰の指揮下の入る事を承諾したそうです。


◆蜀は、「一身すべてこれ胆なり」の趙雲子龍。

定軍山の戦い。
黄忠に夏侯淵を討ち取られた曹操は、大軍を率いて逆襲を仕掛けました。

その時、趙雲は、黄忠を救出し、さらには、曹操の大軍に対して、陣の門をわざと開いて(空城の計)、曹操軍に伏兵の疑念を抱かせ後退したところを撃退したそうです。

後日、その戦ぶりに、劉備が、「一身すべてこれ胆なり」(趙雲は、全身が肝っ玉のかたまりだ)と言ったそうです。



あんまりでしゃばらないけど、大事な時には、とても頼りになる。
そんな人物が、格好いいと思います。
「いぶし銀」とか、「縁の下の力持ち」って感じですね。

・・・でも、「縁の下の力持ち」と言うと、なぜか許チョの顔が浮かんでしまいます。
(笑)

「苦肉の策」 赤壁の戦いに咲く赤い華!

前回の記事で、「苦肉の策」を使った画像ネタを作りましたが、今回は、真面目に、苦肉の策について書きます。
私の奥さん同様、三国志入門編の皆さんは、気が向いたら読んで下さいね。


「苦肉の策」という言葉は、現在でも使われる言葉です。
この苦肉の策の語源と言われているのが、三国志演義の赤壁の戦いで使われた策略です。

「曹操軍」対「孫権劉備連合軍」
曹操軍の大軍に対して、孫権劉備連合軍の周瑜と諸葛亮は、曹操軍船団を火計で焼き尽くす作戦を立てます。
その火計の火を曹操軍の船に着火する方法と言うのは、孫権軍の黄蓋が、偽りの降伏をして、曹操軍に投降し、投降する船ごと火をつけるというものでした。

その黄蓋の偽投降を、曹操に信じさせるために行われたのが、苦肉の策です。

都督周瑜が、将軍兵士を集め軍略を話しているさなか、黄蓋が周瑜に対して反論罵倒をします。
その言葉に激怒した周瑜は、多くの兵士の面前で、黄蓋を鞭打ち百回の刑にしました。
甘寧などの将軍が止めようとするなか、鞭打ちが行われ、黄蓋は血が噴出し気絶するまで鞭で打ち付けられたのです。
これが、周瑜と黄蓋の、体をはった芝居であり、苦肉の策だったのです。

この出来事は、曹操軍の間者(スパイ)として孫権軍に入り込んでいた蔡和と蔡中によって、曹操に知らされ(これを反間の計と言います)、後の黄蓋の偽投降と火計の成功の一端を担う事になります。


この様に、自らをわざと苦しめて、相手を欺く計略を、苦肉の策と言います。
「人は自分で自分を苦しめる事はない」という心理を利用した計略です。

三国志演義が書かれた時代から後に編集された、「兵法三十六計」の第三十四計には、「苦肉計」として記されています。

ちなみに、現在使われる「苦肉の策」という言葉は、上記の意味とは少しニュアンスが違い、苦し紛れの作戦や行動の事を言うようです。


苦肉の策!
三国志演義「赤壁の戦い」の中の、名場面の一つと言っていいと思います。

赤壁の戦いは、「苦肉の策」「反間の計」「火計」「連環の計」など、さまざまな策略が交差する、世紀の合戦です。
また、「伏龍(諸葛亮孔明)か鳳雛(ホウ統士元)、どちらかを得れば天下を取れる」と称された、諸葛亮とホウ統が、揃って策を駆使しているのも、三国志ファンには興味深い事だと思います。


最後に、ちょっとした豆知識です!
黄蓋は、火計に成功した後、流れ矢にあたり海に落ちました。
幸い、自軍の兵士に助けられたのですが、その兵士は、戦争のさなかであわてていたのか、助けたのが黄蓋である事に気づかず、黄蓋を便所に放置して、また戦いに行ってしまったそうです。
戦いは、大変ですね。
(*^_^*)

三国一武道会の団体戦を開催するとしたら!

今日は最後まで、一騎打ちネタでいきます。
(^_^)v

「三国志の武将で一番強いのは誰?」という話題は、インターネットが始まった事から、掲示板などで話題になっています。
三国志には、呂布を筆頭に、一騎打ちの強い武将が、たくさんいます。

実際に軍としての強さと言う事になると、一騎打ちの強さとは別の強さになりますが、今回は、あくまでも一対一の戦いを想定して、色々と想像してみたいと思います。

もしも、一騎打ちの団体戦があったとしたら・・・。

少し思い出話をさせていただくと・・・。
まだ、世の中に3Dゲームが登場してない頃、三国志のゲームと言えば、光栄のシミュレーション三国志でした。
その中の何番目かの三国志で、一騎打ちの団体戦というのがあったんです。
自勢力から、3人あるいは5人の武将を選抜して、一騎打ちの団体戦で、勝敗を決します。
もちろん、ゲームでの事なので、呂布と関羽と典韋を配下にする事も可能でした。
つまり、自分なりの夢のオールスター武将で、一騎打ち団体戦を行う事が出来たのです。
三国志ファンならば、たまらない設定だと思います。

さて、もし、真・三國無双の様な3Dのリアルな無双武将で、一騎打ち団体戦を行う事が出来るとしたら、皆さんは、誰を選抜しますか?

我が蜀軍で、5人を選抜するとしたら?
やはり、五虎将に出てほしいですね。
問題は、順番をどうするかです。

イメージとして、切り込み隊長の先方は張飛で、大将は関羽というのが合っている気がします。
そんな事を考えながら、色々想像してみました。

三国一武道会団体戦メンバー!

「蜀軍」
先方 張飛
次方 黄忠
中堅 馬超
副将 趙雲
大将 関羽
・五虎将勢揃い! 魏延が、「俺も出せ・・・」と文句を言います。

「魏軍」
先方 許チョ
次方 張コウ
中堅 張遼
副将 夏侯惇
大将 典韋
・他にも、徐晃、ホウ徳、夏侯淵など、人材が豊富です。

「呉軍」
先方 甘寧
次方 黄蓋
中堅 周泰
副将 太史慈
大将 孫策
・そして、孫堅と、呉軍は君主も強いです。

「群雄軍」
先方 文醜
次方 華雄
中堅 顔良
副将 董卓
大将 呂布
・なんと言っても大将の呂布。

この4チームで、団体戦を戦ったら、優勝するのは、どの勢力でしょう。
群雄軍が、前半の四人が引き分け狙いで大将の呂布で確実に一勝ってな戦法で、ちゃっかり優勝するかも知れませんね。
(笑)

三顧の礼に学ぶもの

三国志演義の中には、さまざまな名場面があります。
その中で、劉備と諸葛亮の最初の名場面が「三顧の礼」だと思います。
一つ前に画像で、ネタにしました。
(笑)

劉備は、当時まだ若かった諸葛亮の元を、3回も訪れて、劉備軍に迎え入れました。
これを、「三顧の礼」と言います。

「三顧の礼」は、現在でも故事として使われています。
意味は、「目上の人が、目下の人に、礼をつくして頼む」というような意味です。

通常なら、劉備のような立場の人間が、田舎で暮らしている何の実績もない20代の若者諸葛亮を、直接訪れるという事は、まずあり得ない事だと思います。

当時、劉備と同様に、曹操も諸葛亮を軍に加えようと、使者を送ったという話もあります。
本当かどうかは分かりませんが、人材コレクターの曹操ならば、あり得る事かもしれませんね。

ですが、諸葛亮は、劉備軍に加わりました。
もしかしたら、本人が直接訪れた事が、よかったのかもしれませんね。
その後、諸葛亮が、劉備の子供の代まで、懸命に尽力したのは、三国志ファンなら、よく知っている事だと思います。

三顧の礼!
立場に関係なく、誠意を尽くす。

現代のさまざまな場面でも、この三顧の礼の精神は、生きています。
よく、プロ野球のドラフトやFA選手の獲得で、監督自らが出向いて思いを伝えるというのも、三顧の礼の精神だと思います。

恋愛などでも、同様の事が言えるのかも知れませんね。

ただ、一つ気をつける事があるとするなら!
人間の心が動くは、たった二種類の動機です。
それは、「情(感情)」と「利(利益)」。

その人が、情で動く人なら、誠意を尽くしましょう。
その人が、利で動く人なら、利益を提示しましょう。

どちらも、素晴らしい事だと思います。
どちらが好きかは、個人の好みですね。
あるいは、この仕事ではどちらがいいのか、恋愛ではどちらがいいのか。
これも、個人の好みですね。

最後に、私の人生で、唯一の成功例を書きます。
もう、皆さん何を書くか分かると思いますが・・・。

私は、それほど異性に好意をもたれる様な人間ではないと思いますが、そんな私のところに、性格の可愛い女の子がお嫁さんに来てくれました。
それは、私が奥さんに誠意を尽くして接したからだと思います。

私が、三顧の礼よりも、もっと頑張って誠意を尽くした結果!
奥さんの心を動かす事が出来ました。

私が奥さんをお嫁さんに出来た事は、劉備玄徳が、関羽、張飛、趙雲、馬超、黄忠、さらに、諸葛亮、ホウ統を配下に加えたのと同じぐらいの喜びだと思います。

愛夢夫婦軍は、戦闘では弱いですが、軍の絆では、三国一だと思います。
(^_^)v

・・・そう言えば、バカップルでも三国一を目指すのだった。
(笑)

天下三分の計に見る、武人気質と軍師気質の巻

三国志演義の名場面の一つに、天下三分の計があります。
本来は、「隆中策」というそうです。

この天下三分の計は、劉備が荊州の劉表のもとに身を寄せていた時に、劉備軍の軍師になった諸葛亮が、天下を統一する方法として、劉備に献策したものです。

当時の劉備は、自分の領地も持たず、劉表のもとに居候の身です。
対して、曹操は、北一帯を制圧し、すさまじい勢いで、南の制圧にのりだしました。
また、孫権は、親子三代に渡り、南の地をしっかりと治めています。

この状況を冷静に考えて、諸葛亮が、天下三分の計を献策します。

「北の曹操、南の孫権、どちらもすぐに打ち破れるものではありません。まずは、曹操にも孫権にも属さない、荊州と益州に地盤を築き、劉備、曹操、孫権の三国で天下を三分し、力の均衡を図るが先。その後、孫権と同盟を結び、それから事を起こすのがよいでしょう」
(本当は、もう少し具体的な内容です)

強大な曹操軍には勝てないと言う事をしっかりと理解して、現在の劉備軍の現状を考えた献策です。
実に、冷静で、的確な判断ですね。


現在でもさまざまな人が、三国志の出来事を参考にしています。
実際に、ビジネスの世界でも、この天下三分の計と似たような事は、時々おこなわれてます。
(諸葛亮の献策は、天下統一のための策であり、現代のものは、企業同士のバランスを保つための戦略です)


三国志演義は、大雑把な見方をみると、前半は強い武将達の戦いで、後半は軍師達の戦略戦という流れだと思います。

この諸葛亮の天下三分の計が、大きな意味で、軍師同士の戦略戦の幕開けと言ってもいいと思います。


「勝てないと分かっていても戦う」という、武人的な考え方。
「勝てないなら真っ向勝負は避けましょう」という、軍師的な考え方。
どちらも、魅力的ですね。

現代社会でも、武人的な考え方と、軍師的な考え方の、両方が必要だと思います。

無双オンラインの戦闘でも、同様の事が言えるのかも知れないですね。
勝てないけど、頑張って戦う楽しさ!
勝てないなら、引き分け勝ちなどに徹する面白さ!

無双オンラインの中でも、人生でも、武人的に生きるのか、軍師的に生きるのか、それは、それぞれの自由ですね。
(^_^)v


ちなみに、諸葛亮が、天下三分の計を献策する以前に、呉の国の周瑜や魯粛が「天下二分の計」的な事を、献策しています。
やはり、名軍師と言われる人物は、物事を冷静に判断するようです。
(#^.^#)

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